会員数175万人の『ラブコスメ』を企画編集。2003年に日本ではじめて『セクシャルヘルスケア』を提唱し、恋愛やカラダのことで友人にも聞けない性に関する悩み解決の専門家として発信。SNSにて『夜の保健室』を展開し、小説や漫画など書籍も多数。記事・動画・アプリで「愛し合うこと応援する」ために幅広く活動している。
夫は私を見ていない…その現実は、私にはあまりにも痛かった。
夫のためにと磨いた体は、今日もむなしく艶めいている。
それでも、自分の努力で自分を変えられると分かったことは、私にとって大きな成果になった。夫を変えることはできなくても、自分自身は変えられるんだ。
もしかしたら、私は夫に寄りかかり過ぎているのかもしれない。
全ての行動原理を、夫に課すのはやめよう。
夫のためではなく、私は私のために、自分を大切にしてあげたい。
自分で自分を慰めることを、恥ずかしいと思っていたこともあった。ひとりで達した後に、空虚な気持ちになることもあった。
それでも、誰も埋めてくれない穴は多くを求めてしまう。そんなの、当たり前で自然なことだ。
昂った気持ちを自分でなだめる行為は、今では必要で大切なことだと思う。ただスッキリするだけじゃなく、十分に満足した日はよく眠れる。それだけで良い。
食欲、睡眠欲、性欲…。
自分の三大欲求くらい、大人は簡単に自分で満たせるものだ。
それが、あくまで表面的な欲望だけならば。
自分磨きの一環で、結婚前にハマっていたボルダリングを再開した。家から少し離れたジムに、10日に1回ほど歩いて通う。ダイエットにもなるし、頭と体を動かすとスッキリする。
久々の壁は、思っていた以上に高く険しいけれど、目の前の壁のことだけ考える時間が、きっと今の私には必要だった。
「手が大きいんですね、羨ましいな。」
休憩も兼ねて次の作戦を練っていると、40代くらいの男性に声をかけられた。上級者なのか、身軽で鮮やかな動作に目が留まることが多かった人だ。
「そうなんですよ、身長の割に。普段はコンプレックスなんですけど…」
「そうなんですか?指が長くて綺麗じゃないですか。僕なんて、ほら!」
目の前にぱっと広げられた彼の手に、吸い寄せられるように自分の手を重ねる。チョークの粉と、私よりずっと高い体温が、触れた部分から躊躇いなく移ってきた。
「本当ですね、私と同じくらい?それでもあんなに登れるなんて…手の大きさってあんまり関係ないんですね。」
「続けてれば、この程度すぐに追いつきますよ!追い抜かれちゃうかもなぁ。」
他愛のない会話と何度かのチャレンジを共にして、「じゃあ、また」と別れた。
チョークの粉は洗えば落ちたのに、彼の手から移された温度はいくら洗っても流れず、手のひらと指先で燻っている。
それからというもの、ジムに行くたびに自然と彼の姿を探すようになっていた。毎回会える訳ではなかったけれど、会えば必ず声をかけてくれる。
石の選び方、体の運び方、目線の向け方…彼のさりげないアドバイスが、自分の糧になっていく。
ジムに通う足取りが軽くなっていくのを感じるのは、きっと体重が落ちたからじゃない。
「これだけ動くと、お腹空きません?帰ってから食事の支度ですか?」
初めて話しかけられてから、1か月ほど経った頃だろうか。たまたま人が少なく、2人ともハードに登った日だった。
「いえ、今日は食べて帰ろうかなって。もう包丁持てそうにないですし…笑」
「それなら、良かったら一緒にどうですか?近くによく行く良い店があるんですよ。」
一瞬、夫の顔が脳裏をかすめた。でも、なかったことにした。
ボルダリング仲間と、ただ食事に行くだけ。お腹が空いたから、食べて帰るだけ。
変に夫を意識する方が、余程やましいことでもあるみたいじゃないか。
それに彼だって、左手の薬指に指輪をしているんだから。
ぜひ、と答えるまでに、時間はかからなかった。軽くシャワーを浴び、着替えて、ジムの外で合流する。お店までの道中、あれだけ疲れて重だるかった足が、なぜか妙に軽い。
デキャンタのワインと美味しいイタリアンで、私たちは大いに盛り上がった。ボルダリングのこと、ジムのトレーナーの噂話、近所のおすすめのお店…話題は尽きなかったけれど、2人とも家のことは口に出さなかった。
そろそろ帰ろうかと財布を出すと、彼に止められた。
「財布じゃなくて、携帯出してください。」
「え…?」
「連絡先…予定合わせて通いませんか?」
急に顔が熱くなるのが分かる。そんなに飲んだ訳じゃなかったのに。
いや、私はきっと、酔ってしまっただけ。ただの、空腹時のお酒のせいだろう。
週に1度、私は壁に立ち向かう。ひとりではなく、彼と一緒に。そして、一緒に食事をして帰る。
本当にそれだけだったし、それだけで良かった。それだけで、夫と結婚してから満たされていなかった部分が、少しずつ埋まっていくのが分かる。
でも、それと同時に気付いてもいた。
お互いの視線に、密かな熱がこもっていることに。
ふとした瞬間に触れる手が、普段よりずっと敏感なことに。
相手の名前を呼ぶ声に、甘さが含まれていることに。
それでも、私たちはその現象に気づかないフリをし続けた。そうするしかないと思っていた。だって、私たちは既婚者なのだから…。
絶賛放送中のドラマ『あなたがしてくれなくても』は、いよいよ物語が大きく動き出す。
最新刊まで原作漫画の結末は見ているけれど、ドラマ版がどうなっていくのか、どういう結末を迎えるのか、怖いくらいの期待で毎週潰されそうだ。
1週間が長く感じるのは、決して彼に会いたいからってだけじゃない。
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会員数175万人の『ラブコスメ』を企画編集。2003年に日本ではじめて『セクシャルヘルスケア』を提唱し、恋愛やカラダのことで友人にも聞けない性に関する悩み解決の専門家として発信。SNSにて『夜の保健室』を展開し、小説や漫画など書籍も多数。記事・動画・アプリで「愛し合うこと応援する」ために幅広く活動している。
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