あなたがしてくれないから #05 〜あなたがしてくれないのに〜

誰にも言えない、秘密の共有

彼とは変わらず、週に1度会っている。当初はお互い何となく避けていた家の話題も、いつの間にか自然と出るようになった。

 

「こんな毎週出かけてて、旦那さん平気ですか?」
「あぁ、あんま私に興味ないみたいで…食事の有無しか気にしてなさそうです(笑)」
「それすごい分かるな、うちもわりとそんな感じだから。」
「えっ意外!愛妻家〜ってイメージでしたよ!?」
「うん、妻も息子も、愛してはいるんですけど…」

 

ため息とともに、彼は目を伏せた。苦しさを紛らわすような、諦めを隠すようなこの表情を、私はよく知っている。

 

「子供ができてからですかね、もう“父親”の部分しか求められないというか。」
「やっぱり家族になると、変わっちゃうものなのかな…」
「少なくとも、男女ではなくなりますよね…」

 

結婚しているのに、家族がいるのに、埋められることのない寂しさ。どこか満たされない気持ち。失っていく自信…。
 

今まで誰にも言えなかった気持ちが、するするとお互いの口から零れ落ちていく。それでも、溢れ出てしまった言葉は、相手が受け止めてくれる。

 

私たちは、強く、深く、共鳴してしまった。
誰にも言えない秘密の共有が、2人の絆を強めてしまうことにも気付かずに。 

 

 

もう1つの、秘密

いつもどおり汗を流し、お腹を満たした帰り道。この日はお互い仕事が早めに終わり、いつもより早く集合して、ほんの少し多く飲んだ。
 

並んで歩いていると、正面から自転車が来る。スッと腰に手を回され、歩道の端に避けた。

 

「今日、なんか良い香りしますね。香水とか付けてます?」
「ほんの少し…苦手じゃなかったですか?」
 

彼との距離は、ほとんどない。思わず声が上ずってしまう。彼を突き放すように、お気に入りの香水を付けた手首を差し出した。

「全然、むしろ良い香りだなって…」
そう言いながら私の手を取り、手首に鼻を近づけ、そのままそこにキスをした。思わぬ展開に固まる私を、じっと見つめてくる。
 

握った手を手繰るように、彼は私を引き寄せた。

「…嫌じゃない?」
 

ジムのボディーソープと、彼の香水の匂い。上質そうなカシミヤのニットの肌触り。熱い体温と心臓の音は、どちらのものなんだろう。回らない頭で、ぼんやりと思った。

 

思わず小さく頷いてしまうと同時に、彼の手がそっと髪を撫でる。
 

「髪サラサラですよね、こっちもいい香り…」
髪から顎へと、指先が滑る。私と大差ない大きさだけど、明らかに男性の手だ。

そうして初めて重なった唇は、狂おしいほど熱かった。
頭がおかしくなりそうだ。

 

私たちはもう1つ、秘密を共有する仲になった。

 

 

安心できる、場所

あの日つけていたのは、夫にもう一度女として見られたくて買った、あのヘアオイル唇用の美容液
 

無駄な買い物だったんじゃないかと、思っていたのに。
私はまだちゃんと、女性として見てもらえるんだ。
ぐちゃぐちゃになった頭の中に、妙に冷静な私がいることが、なんだか少し笑える。

 

私たちはそれからも、変わらず毎週ジムに通い、食事をして、こっそりキスを交わした。彼の上着のポケットに隠して、手を繋いで帰ることもあった。
2人で食べるご飯は、いつでも美味しい。楽しい会話はお酒を進め、悩みを話せば楽になる。

 

かつては私たち夫婦だって、きっとこんな風だった。
でも、今の夫に、この空気感は全くない。いつも顔色を伺っていて、大した会話もなく、沈黙が苦しい。
 

以前は夫から与えられていた幸せを、いつの間にか彼からもらうようになっていた。

もちろん、罪悪感が全くないと言ったら嘘になる。
それでも、ずっと続いていた不安と自責からの解放感の方が、圧倒的に大きい。

気持ちにゆとりができたことで、夫のことも以前より大らかに受け止められるようになっていた。夫の言動は何ひとつ変わらないけれど、夫との関係が、ほんの少し柔らかくなったように思う。

 

私には、安心できる場所がある。ただそれが、家庭ではないだけ。

 

 

他の男性と、キスした唇で

自分で言うのもおかしいけれど、私と彼は、穏やかで情熱的な“良い関係”を紡いでいた。

「愛している」とは口にしないまでも、惹かれ合い、好き合って、お互いを本当に大事にしていると思える。

 

だからこそ、最後の一線だけは、絶対に越えないようにしていた。
私たちはそれぞれ、家族は大切で守るべきものだと思っている。だから、相手の大切なものを壊すつもりは全くない。

 

「だから別に良いでしょ?」だなんて、絶対に開き直れないことくらい分かってる。
「だから許してほしい」だなんて、言われたとしても許せる範囲じゃない。

 

それでも、今の私たちにはお互いが必要だ。理解し合えて、存在を許し合える相手が、どうしても必要なんだ。
だから私は、前より夫に優しくできる。 

たとえそれが、罪悪感から来る優しさだとしても、私には他に縋れるものがない。

 

私は最近、ときどき自分が怖くなる。
 

他の男性とキスをした唇で、夫に優しい言葉を平気で吐ける自分が。

放送中のドラマ『あなたがしてくれなくても』は、SNSでも大きな話題になっている。
みち、陽一、誠、楓ーー彼らと自分が重なるたびに、叫び出したくなるくらいの苦しさと、逃げ出したくなるほどの焦燥感に襲われる。

 

このドラマを、彼が観たら、どう思うんだろう?
毎週録画を観ているけれど、夫が観ているかは知らない。
 

聞ける訳がない。彼らは私ではないけれど、私の秘密は彼らと同じだから。

ドラマ放送記念コラム

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著者:ラブコスメ(LC)夜の保健室 編集部

会員数175万人の『ラブコスメ』を企画編集。2003年に日本ではじめて『セクシャルヘルスケア』を提唱し、恋愛やカラダのことで友人にも聞けない性に関する悩み解決の専門家として発信。SNSにて『夜の保健室』を展開し、小説や漫画など書籍も多数。記事・動画・アプリで「愛し合うこと応援する」ために幅広く活動している。

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